運気を磨く

1、 要旨

 我々が人生を歩んで行く上で、重要なことのひとつに「運気」があると思ってきました。その運気をよくする技法があるという本に出合いました。「運気を磨く」田坂広志著の一部を以下に記します。

2、 非科学的と言われながら、誰もが信じているもの

この「運気」というものは、いまだ科学的にはその存在が証明されていない。しかし、それにもかかわらず、人類数千年の永い歴史の中で、そしてこの広い世界の中で、誰もがこの「運気」というものの存在を信じている。たとえ口に出しては言わなくとも、心の奥深くでその存在を信じているため、何か悪いことが続くと「運気が下がっている」と思い、何か良い事が続くと「運気が上がってきた」と思う。

3、「良い運気」を引き寄せられない本当の理由

 従来の方法は、いずれも心の世界を「ポジティブな想念」で満たせば「ポジティブなもの」を引き寄せ、「良い運気」を引き寄せると述べられてきた。その考えは決して間違っていないが、実は心の世界をポジティブな想念で満たそうとしても、我々の心の奥深くにはすでにポジティブな想念を上回る多くのネガティブな想念が溢れている。そのため、そのネガティブな想念を消すことなく、ポジティブな想念を心の世界に持とうとしても、すでに心の中に存在するネガティブな想念の力が、ポジティブな想念の力を打ち消してしまうのである。そして、さらに大きな問題は、我々が心の中をポジティブな想念で満たそうと思っても、心の不思議な性質がゆえに、むしろ逆に心の奥深くにネガティブな想念が生まれてしまうことである。

 従って、我々が本当に「良い運気」を引き寄せたいと思うならば、心の中をポジティブな想念で満たす前に、心の中に数多く存在するネガティブな想念を消していかなければならない。そして、心の中をポジティブな想念で満たそうとするとき、心の奥深くにネガティブな想念が生まれない賢明な方法を採らなければならない。

3、 心の中を「ポジティブな想念」で満たす「三つの技法」

 表面意識の世界と無意識の世界をポジティブな想念で満たせば「良い運気」を引き寄せることができる。しかし、メディア情報や過去の体験からすでに無意識の世界に多くのネガティブな想念が刷り込まれており、ポジティブな想念が浸透しない。また表面意識の世界で、どれほどポジティブな想念を抱こうとしても、必ず無意識の世界には、その逆のネガティブな想念が生まれてしまう。この問題を解決するには「ポジティブな想念」を抱く方法ではなく、「ネガティブな想念」を消す方法である。具体的には、①「無意識のネガティブな想念」を浄化していく技法 ②「人生でのネガティブな体験」を陽転していく技法 ③「究極のポジティブな人生観」を体得していく技法の三つである。

4、「無意識のネガティブな想念」を浄化していく技法

 日々の習慣を改め、「三つの習慣」を身に付ける技法。

(1) 自然の偉大な浄化力に委ねる

  自然に「身を浸す」こと。そして、その自然と「正対する」こと。ちなみに、こうした「心の浄化技法」としては、昔からヨガや座禅を始め様々な「瞑想」の技法が存在する。しかし、この瞑想の技法はそれほど容易に実践できる技法ではない。なぜなら瞑想の技法とは、意図的に心を瞑想の状態に「する」のではなく、ある瞬間に心がふと瞑想状態に「なる」ことを待つ技法なのである。

(2)「言葉の密かな浄化力を生かす」

 「ネガティブな日常言葉を使わない」そして「ポジティブな日常言葉を使う」。この技法で大切なのは「日常言葉」の部分である。無意識の世界には、表面意識が気付かない形で見せられたイメージが浸透し、表面意識が気付かない形で伝えられたメッセージが浸透していく。「サブリミナル効果」である。自分の無意識の世界に働きかけようと思うならば、「意識的な自己暗示」はあまり無意識の世界に浸透していかないが、「無意識的に使う日常言葉」は恐ろしいほどに無意識の世界に浸透していく。なによりも「ネガティブな日常言葉を使わない」ことだ。例えば「駄目だ」「無理だ」「最低だ」といった物事を強く感情的に否定する言葉は、日常生活において使うべきでない。そしてネガティブな日常言葉にはもうひとつ理解しておくべき怖い性質がある。それは「主語が抜け落ちる」という性質である。すなわち、我々が誰かを非難し否定する言葉を、強く感情的に語るとき、我々の無意識の世界では、その言葉の「主語」が抜け落ち「述語」が自分に返ってくるのである。

(3)「三つの感」の言葉を使うと「良い運気」を引き寄せる

 ポジティブな日常言葉を使い、無意識の世界を浄化していくためには、次の「三つの感」の言葉が大切である。①「感嘆」の言葉 ②「感謝」の言葉 ③「感動」の言葉

「感嘆」の言葉とは、誰かの良いところを褒める言葉のこと。無条件に本気で心の底から「褒める」ことである。「感謝の言葉」とは、心から「有り難い」と思って語る言葉である。親切にされた時、心を込め、思いを込めて「有難うございます」と語ることである。また、様々な人生の出来事に対して、「有り難い」と口に出して語ることも大切である。「感動」の言葉

とは、素晴らしい自然などに触れた時、その感動を表現する言葉である。

5、「和解の想念の浄化力を用いる」技法

 生活や仕事の人間関係において、摩擦や葛藤、反目や衝突がある人と、心の中で、一人一人と和解していく技法である。全ての人と和解することである。「心の世界」で一人一人と和解することである。そのためには、「三つの手順」を続けて行うことである。第1の手順は「結ぼれの内観」である。「内観」とは、自分の心の中を隅々まで静かに眺めてみることであるが、これを行うと、様々な人との人間関係の「心の結ぼれ」が見えて来る。「心の結ぼれ」とは、摩擦や葛藤、反目や衝突をしていることによる「心のしこり」のようなものである。第2の手順は「感情の明確化」である。その人に対して「どこか気持ちがひっかかる」「何か嫌な気分が残っている」といった感情を抱いているのかを、深く静かに見つめること。「深く」というのは「感情の原因」を深く見つめるという意味で、なぜその感情が生まれてきたのかを、深く考えよということである。「静かに」とは心の中に客観的に自分を見つめる「もう一人の自分」が現れてくるという意味である。

第3の手順は「相手との和解」である。「結ぼれ」や「しこり」の感情に気が付き、それを深く静かに見つめていると、自然にその感情の相手と心で「正対」できるようになる。もし、自分が相手の立場なら、どう思うか、どう感じるかという視点で二人の関係を見つめてみることである。そして、心の中で「感謝」の言葉を述べることである。「〇〇さん、ありがとうございます」と語りかけることである。

6、「人生でのネガティブな体験」を陽転していく技法

 自分の過去の人生における「ネガティブな体験」を一つ一つ「陽転」させていくことによって、無意識の世界にあるネガティブな想念を消していく技法である。「親から愛されなかった」「大学入試に失敗した」「病気で苦しんだ」などのネガティブな体験は、我々の無意識の世界に「自分はあまり優秀ではない人間だ」「自分はあまり運に恵まれない人間だ」といった自己限定や自己否定のネガティブな想念を生み出し、固着させてしまう。そこで、こうした過去の「ネガティブ体験」を一つ一つ振り返り、その意味を再考し解釈することによって、それが決して「ネガティブな体験」ではないことを明確にしていく。

「解釈の五つの段階」を順次心の中で登っていく技法である。

解釈の第1段階は、自分の人生には多くの「成功体験」があることに気づくことである。我々は人生を振り返るとき、「与えられたもの」よりも「与えられなかったもの」に目が向く傾向がある。「成功したこと」よりも「失敗したこと」に気持ちが向かってしまう傾向がある。それが我々の心の中にネガティブな想念が生まれてしまう大きな原因になっているため、この人生の振り返りとささやかな成功体験の棚卸しを丹念に行っていくだけで、我々の想念は少しずつポジティブになっていく。

解釈の第2段階は、自分が「運の強い人間」であることに気が付くことである。運の強い人間とは「自分は運が強い」と信じている人間だ。自分が「幸運」に導かれた体験を思い起こすことである。「あの人に巡り会ったことで人生が拓けた」「あの出来事が起こったことで道が拓けた」といった幸運に導かれた体験は誰の人生においてもあるのではないだろうか。ただし、そこには人生の不思議な一面がある。「幸運に導かれる」とき、それはしばしば「不運に見える出来事」の姿をしてやってくる。

解釈の第3段階は、視点の転換である。「幸運」に見えることが起こった時だけが、運が良かったのではない。「不運」に見えることが起こった時も、運が良かったことに気が付くべきである。何が起こったか。それが我々の人生を分けるのではない。起こったことをどう解釈するか。それが我々の人生を分ける。過去の「失敗体験」を振り返り、それが実は「成功体験」であったことに気づくことである。

解釈の第4段階は、自分に与えられた「幸運な人生」に感謝することである。「天の配剤」や「大いなる何かの導き」に感謝することである。感謝の念は、「自分の力で、この人生を切り拓いたのだ」という意識に陥らないためである。「自力」の意識過剰は、無意識の世界に「ネガティブな想念」を生むからである。「お蔭様で」や「お互い様です」という言葉の奥にある「大いなる何かに導かれている」「様々な人々に支えられている」という感謝の想念は、我々が抱き得る想念の中でも最もポジティブな想念だからである。

解釈の第5段階は、こうして「生きている」ことが有難いことに気が付くことである。今この地球上に生きる77億人の人々のなかで、次の五つの条件に恵まれた国に生きるのは、我々日本人しかいない。①70年以上戦争のない平和な国 ②世界に経済力を誇れる国 ③最先端の科学技術の恩恵に浴せる国 ④国民の誰もが高等教育を受けられる国 ⑤高齢社会が悩みとなるほど健康長寿の国 この日本という国に生まれたことの、恵まれた境遇と有難さがわかるだろう。

7、「究極のポジティブな人生観」を体得していく技法

 人生のネガティブに見える出来事も出会いも、すべてを無条件に「全肯定」し、それによって、無意識の世界を「究極のポジティブな想念」で満たしていく技法である。それは次の「五つの覚悟」を定めた人生観を体得していく技法である。①自分の人生は、大いなる何かに導かれていると信じる。 ②人生で起こる事すべて深い意味があると考える。 ③人生における問題すべて自分に原因があると引き受ける。 ④大いなる何かが自分を育てようとしていると受け止める。 ⑤逆境を超える叡智はすべて与えられると思い定める。

我々が人生において「志」や「使命感」を抱いて歩むならば、自然に「良い運気」を引き寄せるため、以下のような不思議な事が起こる。①何かの勘が働く(直観) ②ふと未来を感じる(予感) ③上手く機会を掴む(好機) ④偶然の一致が起こる(シンクロニシティ) ⑤何かの意味を感じる(コンステレーション)

8、「祈り」の技法

 「祈る」というと、多くの人は「願望の祈り」を思い浮かべる。例えば「この試験に合格させたまえ」や「この商談を成就させたまえ」といった自分の願望が実現することを、神や仏に求める祈りのことである。この「願望の祈り」は心の奥深くに、その逆の想念を生み出してしまい、それが本当の「祈り」になってしまうため、どれほど懸命に祈りを捧げても、その祈りと逆の結果を招いてしまうことが起こる。

ネガティブな想念を生まない究極の「祈り」は、「全託の祈り」である。「全託」とは文字通り「全てを託する」こと。この「全託の祈り」は「導きたまえ」それだけである。その「全託の祈り」の根底には以下の覚悟がある。

「自分の人生は、大いなる何かに導かれている。大いなる何かは、自分の人生を必ず良き方向に導こうとしている。それゆえ、もしこの「全託の祈り」の結果が、自分の願望と違う方向になったとしても、それも深い叡智を持った大いなる何かの導き。その導きの意味を深く考えながら、与えられた問題や逆境に正対し、力を尽くしさらなる成長を目指して歩んで行くならば、必ず素晴らしい人生が導かれていく」 この「全託の祈り」は心の中が「究極のポジティブな想念」で満たされていく祈りに他ならない。

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